30代中盤になって相続の問題が出てきて、「あ、また実家の網の目に絡まれるんだ」という感覚がすごくあった。
昔から実家が嫌いで、できるだけ離れて自分の人生を生きたいと思ってきた。でも考えてみると、俺は生まれたときから土地のある家で育って、「いざとなれば相続すれば人生なんとかなるかも」という感覚もどこかにあった。
実家が嫌いなのに、自分の人生設計の前提には実家がずっと存在していた。
母親を見ていても不思議だった。祖母との生活でかなり苦労したのに、老後の安定を考え始めると、また実家に戻ることが選択肢になっている。
家族とか土地とかって、思っていた以上に引力が強いのかもしれない。
同時に、自分が当たり前だと思っていたものが、実は全然当たり前じゃなかったことにも気づいた。
恋愛や人間関係についても、俺は努力してゼロから身につけているつもりだった。でも、こういう考え方を理解してインストールできること自体、これまでの生育環境や経験、もともとの気質みたいな下地があったのかもしれない。
ナンパ界隈にも、コイツら頭おかしいやろって奴らいたし、年齢重ねても一向に岡田尚哉の「優位性」と「察する力」がインストールされていかないんだよな。
好きな配信者に、育ちが良かったり実家が太かったりするのに、どこか病んでいる人が多いのも少し腑に落ちた。
金や環境に恵まれていることと、自由であることは同じじゃない。
自分を守ってくれる家や資産が、同時に自分を縛るものになることもある。
今の俺は、実家をどうするか決める前に、もう少し好き勝手に生きて、自分というものを固めたいんだと思う。
自分が固まる前に「お前はこの家の人間だから」と周囲から動かされることが、たぶんかなり苦しい。
今回いろいろあって、「自分とは何なのか」という問いが思っていたより難しいことに気づいた。
自分の努力だけで今の自分になったわけでもないし、嫌いだった実家さえ自分の一部を作っている。
なんか今までバラバラだったものが、一気につながったような不思議な感覚があった。
AIに書かせただけだけど。
なんか、このまま適当に実家継いで、
適当にそこら辺の正社員になって、
そのまま人生過ごしていくんかな?
ってルートが、現実として見えて来てしまった。
そのルート進む覚悟が持てないわ。
もう少しダラダラしてたかったけど。
ただ、今の土地とか全部捨てて、職歴無くなって、それでも人生を切り開いて行かなきゃ行けないルート、もう流石にしんど過ぎるんよな。
ならもう「俺はこの程度の人間か。」って、
職場のそこら辺のそこそこ可愛い女と結婚して、
もう一個上の階級の奴ら見て嫉妬する人生歩むんかな?
なんか、人生選択迫られてる感がキツいわ。