どうせ上の存在に劣等感感じて、上見て頑張ってしまうなら、
伸び代が見つかったと捉えるか。
ウォニョン的な思考で考える習慣つけよ。前向きな見方でも見る習慣。
あと、貴族感出てくる世界の臨場感が上がったってことだから、トルストイの作品の理解度が上がったりするからな。
ほんで、上の階級の奴らに近づける努力はしよう。
本質ついた。
結局、所作とか、発言のクセとか、思考習慣とか大事だな。とは思うな。
実際、人と会って、自分の家を見せるわけじゃないから、他人に見られて、階級差を感じるところの本質っえ、所作みたいな所やなって。(あと見た目、発言、ベースの思考習慣とか)
ここら辺を、階級高い奴らに寄せる。日々それらの習慣づけを意識する。無意識で行えるようにする。
ってのは大事やな。
上の存在に勝てないまでも、本質ついた努力して、効率よく近づく意識は大事やな。
ほんて、実際の所、IVEに選ばれるような産まれから違うような存在が見えてきたけど、
実際の所、俺の実存はまだ、職場の美人には届いてないわけだから、
ちゃんと、そこを体感として、しっかりクリアしないと。
クリアしたら、体験したら、また何かしら感覚が変わってくるかもしれない。
ほんで、しっかりできてないことが沢山あるんよな。そこはしっかりやらないといけない。相手視点とか。
上の存在を意識して、しっかりハイクオリティに、やるべきことをやる。って意識が芽生えるから、そこはメリット。
あと、また上目指して、ここ10年やってきたこと、同じこと繰り返すのか。しかも若さ失って。。
とか嫌になってたけど、若さ失ったってことは状況がまた変わってるから、同じことの繰り返しではないな。
あと、この10年で、知恵とか、経験とかが身についてるから、また同じことの繰り返しではないな。
河合隼雄さんの「こころの処方箋」で、
同じ「運命」の演奏でも、演奏の仕方によって価値が変わる。
って章があるけど、どうせ同じことの繰り返しでも、どうせ上の階級の奴らに勝てなくても、俺の取り組み方によって価値は変わるな。
なんか、上の存在見えてきて、
そこ目指さないのは、なんか違う感があるんよな。
上昇思考は、悪だ。みたいな名言結構ある気がするけど、
いきなりそれを間に受けて、受け目指さない。ってのも、なんか違う感があるんよな。
上に劣等感感じて、上目指してしまって、そこに向き合ってた過程で、上昇志向は悪だって結論に辿り着くのが正解な気がするわ。
俺が上の階級見えてきたってことは、たぶん職場の美人とか、
産まれがIVEぐらい良くないけど、そこそこ美人。って奴らは、
俺と同じように、上の階級が見えてたんだろうから、
そこに対しての向き合い方で、俺の評価って実際のところ変わるよな。
もしかしたら、「上の階級に勝てるわけないやん。」って絶望感は、
この課題は、上の階級に勝つための課題じゃなくて、
職場の美人レベルの美人達に勝つための課題なのかもしれないな。